2010年03月15日

おもったこと。※超長文

おつかれさんです。
はまむらです。

日記書くのは久しぶり。
たまには頭の中、整理するのにはちょうど良いツールなんだろうけど、
どうにも面倒に感じてしまうな。


さて昨日は全国のドットジェイピーの仲間が集まる、
僕にとって半年間の節目の日でした。


2009年10月から始まった24期ドットジェイピー千葉茨城支部。
また10月から関わろうと思った理由はひとつ。


納得していなかったから。


結果に。
自分の半年間の働きに。

僕を信じてついてきてくれた7人の仲間に
最高の結果と、人生を揺さぶるような満足を
提供することができなかった。


後悔した。


自分の至らなさに。
自らの志の弱さに。



もう、そんな思いはさせない。
今度こそ理想とする支部を創り
顧客とする学生と議員、そして働く仲間に
最高の満足を提供する。

そうして再度、代表に立候補した半年間だった。





万全の状態でスタートしたと思われた支部も
つらい業務や自身のモチベーション低下によって、
10人いた仲間は既に7人に減っていた。


僕の採用する目、人を見る目がなかったのだろうか。
教育が行きとどかなかったのだろうか。
コミュニケーションが足りなかったのだろうか。
僕の、何がいけなくてこうなってしまったのだろうか。

12月半ばは今自分がどこにいるか
よくわからなくなってしまって、
何を目指していたかすらも僕の目には霞んで見えなくなった。

「途中で辞めるのだけは嫌だ。」
その一心だけで取り組んできた、12月からの3ヶ月間。
そこに思い描いていた理想はどこにもない。
かつて意気込んでいた僕はいない。
そこには諦めとただただ退屈で怠惰な運営をするみっとうもない僕がいた。

そんな責任と言う名の鎖から逃れるべく、
就職活動に逃げた。
新たな活動に手を出していれば、
きっとこの鎖もいつの間にか溶けてなくなっているだろう。

違う人、違う場所で
全く関係のないことを話していれば
きっと気持ちも弱くなって
どこかに行ってしまうだろう。


必死に逃げて、
目を背けて、
かっこ悪い自分を認めようとしなかった。



そんな中、新たなメンバーが加わり、
僕のいない新体制が始まろうとしていた。
毎日夜遅くまで議論。


4月から始まる25期、千葉茨城支部。


どうやったら良くなるだろう。
どうやったら復活できるんだろう。
どうやったら上手くいくんだろう。

そんなことを夜遅くまで話し合う25期継続メンバー。


ある時、その話し合いに呼ばれて
参加した。
内容は「今期の運営の振り返り」。
24期代表の僕の意見が聞きたいとのことで呼ばれた。


すべての原因は僕に起因するのに、
まるで他人事のようにチームの問題点について話す僕は
最低な人間だっただろう。

しかしメンバーは僕の言葉を真摯に受け止めていた。
そして途中退出する僕に対して

「今日はごめんね。来てくれてありがとう」

と言った。


聞いたときは耳を疑った。
だって、僕は24期支部をめちゃくちゃに壊した男だったのに、
なぜそんなことを言われなくてはいけないのだ。

「壊れた支部を見捨てずに残ってくれてありがとう」と、
土下座して謝らなくてはいけないのに、
救えなかった原因はすべて僕にあるのに、
どうして言われなくてはいけないのだ。





そして、昨日は24期全社会。
10月から始まった24期を振り返る半年に一回、
全国の仲間が集まるとき。

正直、行きたくなくて仕方がなかった。
僕に仲間に合わせる顔は持ち合わせていなかった。

ずっと本気で闘ってきたであろう仲間に、
かける言葉も
本気で闘わずして諦めた僕にはできないと思っていた。

尊敬してやまなかった先輩たちに、
こんな僕に期待をかけてくれた仲間に
こんな僕でも敬ってくれる後輩に
どんな顔をしたら良いのか、わからなかった。


そんな思いを抱えながら参加してきた。


参加して、人と対面しても
思うように言葉が出てこなかった。
1年も前から尊敬してやまない理事、先輩を目の前にしてもなお
思うように言葉が出てこない。

以前なら。

以前なら、たくさん話したいことがあったはずなのだ。
質問して聞きたいこと、
議論したいことたくさんあったのだ。


でも、どうしてだろう。


自分がまるでそこに存在してはいけないような、
自分が同じ土俵で闘ってはいけないような、
そんな気がしてならないでいた。


一言もそんなことは言われていないのに。


先輩は以前と相変わらず言葉をかけてくれた。
嬉しかった。
ただそれは、謝罪のことばだった。


「お前にはお前の役割があったのに、
 過度に期待をかけすぎてしまった。
 お前にはお前の落ち度があったかもしれないが、
 今回の件に関しては責任を俺も感じている。すまん。」


聞いた瞬間、絶対的に違うと思った。
そんなことはない、あなたのせいとか誰のせいとかではない。

自分の責任なのだ。

チームが成功し得なかったのは
チームの最高責任者としての務めを果たせなかった自分にあるのだ。

きっと、先輩は無理に納得させようとしているのだと思った。
成功できなかった原因は自分にあると思わせることで、
僕を擁護してくれようとしているのだ。

それは一瞬でわかった。
しかし、反論しようにも、できなかった。
言葉が出てこなく、
変な笑顔を取りつくろって必死で話を変えた。

その気持ちは、ただ辛いだけだった。
期待をされない、諦められるとは
こういうこと気持ちなのか、と。



それまで愛してやまなかったものに、
尊敬してやまなかったものに
拒絶されることは何にも増してつらい。

そうではないにしても、
拒絶されていると自分が感じてしまうことは怖い。


どこかで味わったことがあった感覚だった。



全社会一日目、
全国の各支部の事業計画について
発表する機会があったので傍聴させてもらった。

当事者意識の不足
ビジョンの浸透ができていない
コミュニケーション不足

などなど。

どの支部も同じ問題を抱えていて、
考えているレベル感にもさほど差はないように思った。
そして、発表された事業計画では
絶対にその問題は解決できないであろうことも目に見えた。

きっとこの発表をさせる狙いは
各自に考えさせることに以外に意図はないのだろう。
本質的に変えるにはマネジャー層を鍛えることにあると思っているから。

けど、あの場で問題の解決できないような策を提示していたことに
どれくらいの人が気づいていただろうか?

一握りの人間しか気付いていなかったのではないだろうか。






この12日〜14日の間、
仲間と話していて、妙に説教臭くなっていた。

「できないならできるようにすればいい」
「それって言い訳じゃないの」

そんな大層なこと、言えるほど
やってきたわけでもなく、
記述した通り、後悔ばかりの人間で自信なんてない。

しかし先輩やいろんな人から教わったことを
一つでも後の世代に伝えられるなら、
そこに自らの存在意義は見出せるのかもしれない。



ドットジェイピーに本質的に横たわっている問題。
それは、そこで働くスタッフが輝いていないことにある。

つらく苦しい業務の先に、
目指したいと思う理想像やゴールを描けず
ただ責任という鎖にがんじがらめになって
機械的に仕事をこなしている。

そこに自己の成長はなく、
顧客に対して提供できるサービスの質は必然として低くなる。

簡単に言うなら大企業化。

ドットジェイピーはそうあってはならない。
ドットジェイピーは次代の日本の担い手を創出し、
次代の日本の担い手をつなぐ存在でなければならない。

そのためには、そこで活動するスタッフは
輝いている必要があるのだ。
絶対的に最強でなければならないのだ。

それに今、なれているか。

「否」
なれているのはほんの一握りの人間。
すべてがなれているわけではない。



僕は、頑張る人が馬鹿を見ない世界を作りたい。

「一所懸命に頑張った。けど、自分の力の及ばない範囲で為し得なかった」
「為し得るためにたくさん苦しんだ。つらかった。
 けれど結局届かなかった。」

たぶん、あちこちで起きている。
誰かの理不尽によって阻害されている人たちが。

それ全てを救うことは無理だろう。
自分にそこまでの力も志もない。

けれど、ドットジェイピーという
自分がここまで愛してやまない組織においてだけは
通用しない論理であってほしい。
一瞬でも一所懸命にやった人間は、
きちんと評価され、頑張った先に見える景色を見てほしい。


それは、本当に思うこと。


僕は既に述べたように、
罪深い人間だと思っている。
たくさんの人の期待を裏切って今、ここにいる。

けれど自分が本当にやりたいのなら、
また半年間やろうと思う。

「頑張る人が馬鹿を見ない世界を作りたい。」
の信念のもと、また半年間走り続けようと思う。


一度は離れると決めた。
4月から離れて、新しいことを始めようと思った。
会社を立ち上げるお誘いもいただいて、
自らの可能性にわくわくしてたまらないこともあった。


けれど今、目の前にある課題を放って
他のことに取り組むことはできない自分に気付いた。
いつまでも過去の失敗を引きずって、
格好の悪い自分でいるのだけは嫌だった。


罪滅ぼしとかではない。
ただ、良い夢を見てほしい。
限りなく多くの人に見てほしいけれど、
きっと及ばないから、
せめて僕が愛してすべてを傾倒した組織に関わる人だけには。


・・・


僕は意志が弱いから、
アウトプットしなきゃ駄目な人間なので
こうして書かせていただきました。

─────

鳥が自由だなんて誰が決めたんでしょうね。

たとえ思うがままに空を飛べたとて、
辿り着く地も、羽を休める枝もなければ、
翼をもったことさえ悔やむかもしれない。

本当の自由は還るべき場所のあることかもしれませんね。

─────




以上。
posted by Hama at 22:12| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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